記録

同じく3月17日のニュース。

16日、トルコ・イラク国境の町シロピでハラブジャの虐殺を記念する集会が開かれ、地元住民に加えて近郷から集まった500人以上のクルド系住民は、口々に「戦争反対」「ハラブジャの悲劇を二度と起こすな」と訴えたという。

このニュースは当初、(失礼な見方かもしれないが)意外な気持ちで受け止めた。
クルド人たちにとっては、現イラク大統領サダム・フセインは同胞を殺害したいわば敵。
イラク政権打倒を呼びかける米大統領ジョージ・ブッシュ等の動きは、彼らにとっては「敵討ち」のような意味合いを持ち得るし、政権が変わればもしかしたら彼らの立場が今よりも望ましいものになりうる可能性もでてくるかもしれない。
イラク戦争は、クルド人等にとっては、歓迎するべきものではないのではないかと、そう単純に考えていたのだ。
しかし、事はそんなに単純な問題ではなかったらしい。

「また戦争となれば再び同胞が殺される」
「どうして世界は我々クルドを見捨てたのだ」

そう住人は語ったと、ニュースが知らせる。

世界中から見捨てられた民。クルド
彼らの未来はどこにあるのだろうか。

* ハラブジャの虐殺
イラン・イラク戦争(80〜88年)中の85年以降、イランと協力してイラク北部でイラクに対するゲリラ闘争を展開していたクルド人勢力に対し、88年3月、北部のスレイマニア州ハラブジャでの戦闘でイラク軍は化学兵器を使用したとされる。サリンマスタードガスなどが使われたとみられ、当時のイラン外相は国連事務総長に、クルド人住民約5000人が死亡したと抗議の親書を送っている。
この事件は、米国のブッシュ大統領が対イラク攻撃の正当性を世界に訴えるために、しばしば引き合いにされている。
ただし、元米中央情報局(CIA)当局者は、犠牲者には当時、イランしか保有していなかったシアン(青酸)ガスで死亡した兆候があったと指摘、「毒ガスはイランのものだった」と証言する。また犠牲総数が数百人との異説もあり、真相はやぶの中。(毎日新聞より)