誘惑

サイトT。管理人の書き込みを見ていたら、私が初めて死のうとした時の事を思い出した。

あれは高校一年生の時の事だった。
その一年程前にとてもつらい事があった。
あまりにもつらくて、私は他人にその事を話す事もできなかった。
誰にも何も話せないまま、心だけ静かに沈んで行った。
何も感じないように心を鈍にして。だから、あの頃の事はよく覚えていない。

あの日は飲みに行った帰りで。それもメンバーはよく覚えていない。
たぶん部活の飲み会だったのだろう。
家が近くの男の先輩Gに送ってもらった。
かなり気になっていた先輩だった。
好きとか付き合いたいとか、そういうのとはかなり違う。
精神が抑圧されているのにそれを隠しているところとか狡いところとか、同類の匂いを彼に感じていた。
アルコールで気持ちが弛んでいたのだろう。
歩きながらぽつぽつと彼に色々な事を話した。
話をしているうちに感情が高ぶってきて、発作的に車道に向かって走っていた。

その時のことはよく覚えている。ビデオをスローモーションで再生するように思い出せる。
もう深夜に近かったのでそれほど車の量は多くなかったが、それでも車を選ぶ必要がないくらいの量は走っていた。
その時歩いていた場所からその車道までは、およそ15メートル程の距離だったと思う。
往来する車のヘッドライトが建物の影から現れてはまた建物の影に消える。
走りながらそれを見て、とてもわくわくした。
ホッとするのではない。とても幸せだった。
ラクションの音がして、気が付いたら彼の肩の上に担ぎ上げられていた。
ひどく暴れたのを覚えている。
けれども彼の力は強く、彼が私を降ろしたのはあの車道から充分に離れた、人も車も通らないような場所まで行ってからだった。
そのあと彼と何を話したのかは覚えていない。
ただ彼は私に理由は聞かなかったし、責めも慰めの言葉もかけなかった、と思う。
(「危ないじゃないか」と。強く抱かれたのだけは覚えている。
彼が泣いていたのも。
彼には本当に悪い事をしたと思う。
あの頃の私には大人に見えたが、彼はまだ高校を卒業したばかりの少年だったのに)

あれから後も何度も死のうとした事がある。
今も死のうとしているのだろう。身体の管理をしないという消極的方法で。

なのに、今でもあの時のことは鮮やかに思い出せる。
あの高揚感。あの至福の瞬間。
死ねなかったから今でも私はここにいるのだけれど、「どうしてあの時死ねなかったのだろうか」と思い出すのはあの時の事だけだ。