家‐2

ある時、恋人から結婚を申し込まれた。
愛していると思っていた。
なのに彼の求婚の言葉を聞いた時、私はすぐには返答が出来なかった。
形にならない正体不明の感情。

名字が変わる事に対してわだかまりがある事には気づいていた。

「『家』を残す為に婿をもらう」

祖父母の発言は私の心に傷を残した。
男がいないと存在を残せない、認められない女。
名字を失う事により、「私」の存在意味をも失うような気がした。

彼と話しあい、彼が婿入りをする事を前提に、互いの両親に結婚の意志を伝えた。

突然の結婚話に両親は狼狽した。
何日か後、少し落ち着いた母はようやく私に話題を振り、
「今はこういう時代だし、武家の娘は武家と結婚しろ、なんて言わないけれど…」
と言ったきり、絶句した。

私の両親は見合い結婚だった。
武家の旧家同士の婚姻。釣り合いのとれた家柄。

その時、彼から求婚を受けた時に抱いた感情の正体に気がついた。
それは、嫌悪感。
私は「彼の家に入る」のがイヤだったのだ。
私の家よりも「格」の落ちる彼の家に入るのがイヤだったのだ。
その事実に愕然とした。

しかし一方で暗い喜びを感じた。

ねえ、お母さん。
『生まれがどうであろうと、今の時代は人の価値に上下はない』のでしょう?
彼の家柄がどのようなものかも聞かないで、自分達よりも「下」だと決めつけて。
(うん、彼の家は農家の出だけれどね)
私が彼と結婚するのが、そんなにショック?
婿に来てくれるって言っているじゃない。それでもショック?
うちに農家の血が混じるのが?

結局、彼とは結婚をしなかった。
色々な理由があるが、この事も一因。

その後私は家族から離別をし、食べていく為にはなんでもやった。
ガテン系から水商売まで多種多様の仕事をし、その事については両親が知っているものも知らないものもあるが、いずれにしても父は沈黙をし母は狼狽をした。
「職業に貴賎はないのよね?」
と私は心の中で両親に問いかけ…。

そこでようやく気づいた。
これは復讐。当てつけだった。

それまで両親の思い通りにされて傷付いていた私が、これ以上あなた達の思い通りにならないと、両親に一番ダメージを与える手段を用いて思い知らせようとしていただけ。


そして、今。
私の中にどうしようもない感情が巣食っている事を、私は知っている。
「家柄」に対する根拠のない自信。そして優越感。

愚かな自分。
救いようがない。