不幸

不幸な人に会った。

本人の言によると、彼はこの世でもっとも不幸な人間なのだそうだ。
病を抱え、一人では何もできない身体になり、生きていく希望も何もないそうだ。
こんな状態で生活をしている人間は他にはいないそうだ。
そのくらい、とても不幸なのだそうだ。


何をもって己を不幸と感じるか。
それは人それぞれ。
だから、貴方はまだマシだとか。もっと大変な人は沢山いるとか。そんな事を彼に言うつもりはない。

でも。

一人では何も出来ないって?
貴方は顔を動かせるし手も動かせるじゃない。
動かせるものを動かさずに、例えば食事の時にも人にご飯を口まで持って来てもらって。
他所では出来るのに家では出来ないのは。それは「していない」のではなくて?

こんな状態で生活をしている人は他にはいないって?
いないんじゃなくて貴方が見ていないだけじゃない。
ほら。さっき隣を通った人だって。
この前、一緒だった人だって。
貴方よりも身体の状態が悪い人なのに。なのに家で生活をして貴方よりも色々な事が出来ていた。
貴方と同じくらいに、もしくはもっと身体の状態が悪くても家で生活をしている人は沢山いる。
貴方が見ていないだけ。


意味のない言葉だ。
そんな言葉には意味はないのだ。
彼が思うような事とは遠いのだから。
彼が本当に言いたい事はただ一つ。

「昔の自分に戻りたい」

それが、言いたいけれど誰にも言えない彼の本当の言葉。

わかってはいるけれど。
彼のその気持ちはわかっているけれど。
でも。
この、砂を噛むような思いは何だろう。


ねえ、時間はあまりないのよ。
そうやって不幸な自分に浸っている間に時間はどんどん過ぎて行く。
そうやっている間にどんどん出来ない事が増えていく。そしてそれはもう取り返しがつかない。
ねえ。本当にそれでいいの?