何ともいえない話

公園を歩いていた時、前方から老夫婦が歩いて来た。
足の不自由な夫とそれに寄り添う妻。
彼等は芝生の脇で立ち止まり、そして手元の袋から何かを取り出し芝生に撒いた。
きっとそれは彼等の習慣だったのだろう。
次の瞬間多数の鳩が舞い降り、芝生の上は鳩でいっぱいになった。
その光景を彼等はしばらく眺め、それから散歩の続きをすべく、ゆっくりと立ち去った。

入れ代わりに私が芝生の傍に着いた。
鳩が啄んでいるのはパンの耳を刻んだものだった。
しかしそれは鳩の嘴には大きく、突ついても突ついても口には入らない。
突ついては転がるパンの耳を鳩が小走りに追う。
必死なだけにその光景はどこか可愛らしく、鳩には悪いが、微笑みながらつい見入った。

そんな平和な光景の中に、とつぜん一羽のカラスが乱入した。
鳩の群れの真ん中にカラスが舞い降り、鳩が逃げた後の丸く空いた地面に残ったパンの耳をくわえた次の瞬間には飛び立ち、そして芝生の傍の電線にとまり、また様子を伺っている。
気付くと電線の上にはびっしりとカラスが列をなしており、そして代わる代わる鳩の群れに飛び込み、パンの耳を奪っていくようにった。

カラスの飛び方を見ていて、気付いた事がある。
彼等が鳩の群れに向かって飛び込む時、直接地面に向かうのではなく、必ず鳩の群れの上すれすれの位置でホバリングをするのだ。
驚いた鳩達が逃げたあと悠々と地面に降り立ち、パンの耳を食べてからまた飛び立つ。
あきらかな威嚇。
鳩達も必死でパンの耳を追うが突ついても突ついても口には入らず、そうしているうちにカラスに威嚇をされ急いで飛び退く。
あっという間に、地面に撒かれたパンの耳はあらかたカラスの腹に納まった。
もう奪えるものはそれほど残っていないと見たカラスはどこやらに飛んでいき、芝生の上にはまだなにか残っていないかと歩き回る鳩がまばらに残るだけとなったが、それでも鳩が何かを突つきまわすとそれを狙ってカラスが舞い降りた。

ふと向こうを見遣ると、そう遠くないところに件の老夫婦が見えた。
芝生の脇から道を50mも歩いていない。
二人は立ち止まって花の咲いた木を見つめ、妻は夫に何かを話しかけていた。

彼等は、自分達が立ち去った後の芝生の光景を知っているのだろうか。
自分達が鳩のために撒いたパンの耳が、いったいどうなったのかを。
彼等は知っているのだろうか。

振り返ればわかるはずの事を。