意見2

見なけりゃいいのに、また例のBBSを覗きにいく。
行かなきゃよかった。

何か言いたくなり書き込もうかとも思ったが、取り合えずはやめておく。
書き込んだから何がどうなる?
あの場をかき乱して人を不快にさせて、それでお終い。
先に続かない。
そんなの、私の望む事では無い。

ネット上でとる責任。
書き込んだ人はそう書いた以上、それなりの覚悟はあるのだろうけれど、どうしたら責任をとった事になるのだろうか。
例えば荒らしまがいの反論が届く。それに対してサイトを閉じずに反論をする。それが責任?
異なる意見を持つ者が同じ土俵に上がるという事はネットではない。
都合が悪くなればとんずらする事も容易だし、HNを変えてプロバイダーを変えてあたかも他人のふりをして再登場する事も容易。
そんな社会で取る責任とは一体どういう形なのだろうか。

そもそもネット上で集まる意見など、リアルでのそれよりも安易で偏っている。
わざわざそのサイトの中にいき、手間をかけて書き込む。しかしリアルでの行為よりは容易だ。
だからただでさえ「場」に寄せられる意見というものは同じような意見を持つ人(←多くは管理人に好意的な)の、しかも意見を寄せるだけの熱意のある人の意見のみが集まりがちなものなのに、ネットでのそれはより過剰に安易に集まる。
その危険性をどれだけ大きく感じているのかは人によって異なるのだろうが、そもそもそれに気づかない人も意外と多いのかもしれない。


「好悪」で語られるものは個人的な感情であり、一般に向けて発する意見にはなりえない。
自分の「好き」と「嫌い」な感情を尊重しろ、というのならば、どうしてその反対の立場の人間の「好き」と「嫌い」を尊重できないのか。
徹底的に抗戦の態度で自分の「嫌い」を排除するというのならば、相手に逆に排除されても文句はいえない。
という事。

「私も同じムジナとは思われたく無いのでやめて欲しい」という論議は同じ価値観の人間同士でしかなりたたないものである。
という事。

今の私が彼等に言いたい事はとりあえずはこの2点。
って、こんなとこで書いても仕方がないんだけれど。