Kさんの事‐4

Kさんの名前だが、役所から届く類いの書類に記入されている名前と、彼が自分で書類などに記入する名前とが違っていた。
読み方は同じだが、漢字が違うのだ。

理由を聞いてみた。
Kさんの名前は彼の父親が名付けたそうだ。
けれども字面が女々しいので雄々しい漢字に自分で変え、役所に届ける事もなく勝手に名乗っていたそうだ。(私は彼の戸籍上の名前も決して女々しいとは思わなかったが)
本当かどうかはわからない。けれどもKさんはそう言っていた。
とにかくそういった理由で、戸籍や住民票などの公的な書類に記入されている名前と、それ以外の書類に記入されている名前が違うのだ。

そんな下らない事、と言う人はいるだろう。そんな勝手な事をして、と笑う人もいるかもしれない。
けれどもKさんには大事な事だったのだ。

そんな事を意味のある事として記憶をしている人間なんて、もう私しかいないかもしれない。
Kさんがこの世にいた証は少しずつ無くなっていく。
けれどもあの名前はKさんの生きた痕跡。Kさんという一人の個性の生きた証。

私は忘れない。
他の去っていった者たちの事と同様、私はこの事をずっと忘れられないだろう。