中島みゆき‐3 〜 向かいの女性

あの時、向かいのベッドに入院していた女性はどうしているだろうかと、時々思い出す。

入院していたのは外科病棟だったので、同室の人は皆、どこかに怪我を負っていた。
私が入院してから1ヵ月程たった頃、向かいのベッドに入院してきたその女性は私とほぼ同い年で、顔中に無数の醜い傷があった。
彼女は車を運転していて自損事故をおこし、シートベルトをしていなかった身体はフロントガラスを突き破って外へ飛び出したという。
その事故で、彼女は仕事と恋人を失った。
彼女はモデルだったが、傷だらけの顔ではもうモデルはできない。
そして恋人は、そんな彼女から離れていった。

とても明るい女性で、いつも冗談を言ってみんなを笑わせていた。
ただ一度、彼女が手術を受ける前の日の晩、「こんな顔じゃ、お嫁さんになれないかな…」と私に向かってつぶやいた時。その時、彼女は泣き出しそうだったが、しかし、泣かなかった。
手術が終って麻酔が醒めてからは、手術の前に主治医と話をしたと笑いながら報告をしてくれた。
「先生がね、きれいな顔にしてあげるよって。お嫁さんにもなれるよって。
じゃあ、先生のお嫁さんにしてくれる?って聞いたら、いいよって言ってくれた。
だからKooさんも、ね」
切れた言葉はおそらく、「大丈夫だから、元気をだして」だ。

私は彼女が好きだった。
彼女はいつも前を見つめていて、その態度は私には好ましいものだった。
しかし、私は彼女が苦手だった。彼女の不自然な明るさが苦手だった。
明るい表情の下に隠れている悲鳴がいつ突き破って出てきてもおかしくない。そんな緊張感をいつも感じていた。
彼女は強かったが、強くあろうとしていたが、その強さはガラスのような脆さを持っていた。
彼女の脆さは私の脆さでもあった。
それを直視したら、自分は壊れてしまって二度と立ち上がれない気がした。
従って、彼女の言葉に笑みを返す、その作業自体は容易だが苦痛が伴い、どうすればこの場を逃げ出せるかと、私はそればかりを考えていた。

私も彼女もまだ若かった。
今ならば、私も彼女を受け止められるかもしれない。
ただあの時、私達は若くて、そしてお互いに自分の事で精一杯だった。

あれから十年あまりが経ち、私の生活は大きく変わった。
彼女は何をしているだろうか。
きっと相変わらずの元気で、日々の生活に立ち向かっているのではないか。
そんな風に懐かしく思い出す。