彼女の思い出

彼女が、次女(ネコ)が死んだ夜、何度か夢をみた。
寝床に横たわった彼女が、か細い声を上げて、身じろぎをする。そんな夢だ。

「ああ、まだ生きていてくれた。死んだなんて早とちりしてしまってごめんね。さぞ、心細かったでしょう、辛かったでしょう」

安堵して彼女を抱き締めようとする私。
けれどもそこで夢は覚め、現実には冷たい骸があるだけ。

臆病な子だった。
未知のもの全てに怯えた。
私以外の人間には慣れなかった。
おつむも大層わるかった。
いつまでもトイレを覚えないシッコたれ。
床に本を置いておくと(そして、床に本が置いていない事は、めったにないのだが)、床にするよりはマシと思うのか、必ず本が犠牲になった。
当然だが、本の値段や価値には考慮をしてくれない。
被害総額は購入価格にして数十万円。
彼女が家に来た当初は、そのつど新しく本を購入したが、そのうちに諦めた。
「このシッコたれが」と私はその都度怒りつつ、でも、
「ここにシッコしちゃダメなの知っているけど、怒られるのも知っているけど、でも、我慢できなかったの」
と言わんばかりのビクビクした目で見上げながら粗相をする彼女の姿には、諦めのため息しか出ず、「馬鹿な子ほど可愛い」を見事に体現する彼女に、私は彼女を最初から養子には出さずに手元に置く事に決めたのだった。

あれから何年が経つだろうか。
手のひらに載るほど小さかった彼女は、立派な娘に成長した。

彼女の遺骸は小さな箱に納めた。
この週末に私が動けなかったため、彼女の遺骸はまだ私のそばにある。
気付くと、側を通る度に私は彼女の遺骸を納めた箱に触れている。無意識に。
ポン、ポン、と軽く叩き、「ただいま」とか「行ってきます」とか声を掛ける。
馬鹿だ。
そんな事をしても、もう答えてくれる者はどこにも居ないのに。

ねえ。貴女。
最後の瞬間、何を考えていた?
苦しみから解放された?